愛しのADSL

Wikipediaより引用

新規契約の受付については2019年2月28日で受付終了し、2020年3月より順次終了していき2024年3月末で提供終了することを発表している。

先日、友人にネット回線について相談された。今はもう光回線か4Gの無線しかなく、ADSLは新規申込できないというものだった。

もう5Gの時代を迎えるというのに。ADSLは十分よく使われたと思う。

ADSLが登場した1999年ごろの日本は高速なインターネット回線の普及が遅れており、夜中に56Kbpsのアナログモデムを使ってダイヤルアップするのが普通だった。そんな時代に20倍の1Mbpsという単位を提げて、インターネットの未来を示したのがADSLだった。工事料金などで導入に6万円程度かかったが、体感した誰もがその速さに酔いしれた。「常時接続」とか「ブロードバンド」なんて言葉が生まれたのはこの頃である。

今になって思えば、1Mbpsなんて格安SIM程度の速度だ。速くはないが快適に使える最低レベルだろうか。しかし95年ごろの中小プロバイダのバックボーンが3~5Mbpsだった事を考えれば「業務用レベル」の速度なのだった。

「うち、ADSL引いたんだぜ!」
「ええ!いいなー」

冗談でなくこういう会話をしていた。当時のPCの進化は凄まじく、型落ちは性能が低いためADSLの速度を活かせない面もあった。

同時にEthernet(LAN)とルーターが家庭に普及し始める。それまで家庭にLANなど存在しなかったし、家庭用にルーターを作っているメーカーも少なかったが、NTTやYahooBBがルーターを配りまくり、気が付けば自動的に普及してしまった。NTTのルーターはNEC製で、Atermシリーズが有名に。時代と共に家庭内のネットワーク需要が大きくなり、コレガやプラネックス等の格安ネットワーク機器メーカーが幅を利かせていく。
ところで、2階建ての多い日本では無線LANが元々求められていた。しかし当時の無線LANは、独自規格で、遅く、べら棒に高額だった。本格的に普及するのは、AppleがAirPortを発売し、Wi-Fiアライアンスが802.11b規格の布教活動を始めてからである。特に日本ではメルコ(Buffalo)が無線ルーターを格安で売りさばき、粗悪品もあったが導入しやすく普及したため、Windowsノートにも内蔵されていった。

まさにインターネット時代の幕開けである。
インターネット関連雑誌が書店に並び、にちゃんねるやアングラが流行し、津田大介が有名になった。

その後ADSLは急速に進化し続け、数年で速度が47Mbpsまで上がる。信号伝送に向かない電話線でここまでの高速通信は素晴らしいものだったが、所詮は銅線なのでノイズに弱くNTTの収容局から自宅までの距離が速度の足かせとなったし、落雷や電子レンジなどで切断してしまう脆弱なものだった。それでも安く実用的な回線を引けるADSLは、2000年代日本の文明を底上げした重要な技術だった。

携帯電話で3Gが始まり少しした頃、NTT東が光回線に本腰を入れ始める。それまでの光回線は100Mbpsを地域で共有しておりADSLと差が無かったが、ハイパーファミリータイプの登場で速さが価格に見合うようになる。本命である光にADSLは完全に駆逐されると思われたが、競合他社の営業でADSLの価格はどんどん下がり、工事も不要なのでネット回線のスタンダードとして君臨する。こうしてハイエンドユーザは光、多くのユーザはADSLという構図が出来上がり、10年近く続くことになる。いつしか電話の加入権が無くなったり、ADSLや固定電話を取り巻く環境も変わり、光回線の優位性を使ったサービスがどんどん生まれた。例えばひかり電話。

2010年ごろ、携帯電話のような無線によるインターネット回線、WiMAXサービスが加速的に普及する。実用的な料金と端末が出揃ったためで、家でも外出時でもネットを使いたい人にうってつけだった。しかし、どうしても通信は不安定でエリアも狭かったので、やはり自宅にはADSLのような固定回線は必要という見方が大半だった。

ところが2012年、iPhone5と共にLTEの時代が始まる。WiMAXも次世代の2になり高速化、光回線は低価格化が進み、ADSLの優位性は金額だけとなった。ADSLの40Mbpsはもう高速とは呼べず、携帯電話と同じ体感速度である。その携帯電話各社はトラフィックを抑えるため、こぞって自社グループの光回線をセット割引で売りさばくわけだから、新たに回線を引く世帯は当然のように光回線を選択するようになる。

さらに数年後、光回線は各戸への速度が100Mbpsから1Gbpsに上がりADSLとは全く比較できなくなった。新しい建物には「光コンセント」が設置され、工事不要でONUをつなげば直ぐに使える時代となった。これはNTTが昔から研究開発し、一般人でも簡単に使えるようにした光ファイバの接続規格が日の目を見た形だ。固定電話のない家庭も増えた。

そしてADSLは終焉を迎える。
いずれ、アナログモデムのように懐かしい昔話として扱われるのだろう。