自由主義の問題

 最近は会社の事ばかりなので、先日の「やりたい事が見つからない」について。

 最近はフリーターが増え過ぎていますが、経済は苦しいはずです。彼らにアンケートをとると、「やりたいことが見つかるまで待ちたい」とか「自分には何が合うのか分からない」といった実情があることが分かってきています。つまり、”自分探し”という状態にいてモラトリアムに陥っているのです。モラトリアムというのは、行き詰って、予定やすべき事等を全て棚に上げて中止してしまうことです。

 私は、自分探しは甘えだと思っています。自分に合うものが外からやってきてくれるわけではありませんし、自分に合うものが無いと言う事は好きな事が無いということだと思うからです。好きな事がうまくいく事かというと違うかもしれませんが、うまくいかなければ合わないというのであれば、成功以外を許せないただのガキです。

 そこで、自分探しではなく、自分決定!をしてみませんか。俺の将来、コレに決定!と、自分で勝手に決めるのです。他の可能性に夢見たり、迷う事は許されません。ひとつだけ、コレに決定!してしまわないと歳ばかり食っていき、それこそ成功できなくなります。自分の未来は自分で決める、自分を自分で作っていく、というのは、つまりコレに決定!するってことだと思います。

 一番アホなのは、アレはやだ、コレはダメ、それはちょっと、ばかり言う人です。逆に、アレもしたい、コレもしたい、ソレもしたい、全部私の可能性!とか言ってる人も、大人だったら痛い。そんなこと言ってられるのは若いうちだけだと思われます。いろいろな事ができる人は魅力的ですが、いろいろな事がちょこっとしかできない人は生きていけないでしょ?

 年齢と経験を重ねると、人はジェネラリストかスペシャリストになります。しかし、モラトリアムに陥ると、どちらにもなれません。チャンスを逃し、成長は停止です。最近よく思うのは、保守的な人があまりにも多いこと。保守的な人が迷いだすとモラトリアムに簡単に陥りますし、何故か”自分探し”に美学すら求め始めます。いろいろな事に挑戦する事は悪いことではありませんが、あまりに長くなると墓穴を掘ることになりがちです。それで成功した人だけが、自分探しの勝ち組なのですから。

 簡単にまとめます。”自分探し”をするな。例え自分の可能性の9割を潰すと思っても、残りの1割に全力を尽くす覚悟で決定しろ。将来に迷うな。そして、どんな大それたことでも良いから、好きな事を必ず一つは作っておけ。

 「やりたい事のある人っていいよね」

 無い人のほうがおかしいという考えでないと、自由民主主義は成り立たないのです。

 「自分は本当に今の分野のままでいいんだろうか」

 他にできる事があるなら大いに迷う意味はありますが、”やめたくなっただけ”という理由は人間性を疑います。また、いい大人が”自分探し”をして成功する例もありますし、カッコよく見えたりもします。それに憧れるのも当たり前です。でも、あなたにそれができるんですか?と聞きたい。小一時間、考えを聞きたい。日本の教育が”自分探し”を推進する限り、この現象は続きます。