さらばYBR125

2017年9月23日、YBR125を廃車にした。

中華YAMAHAが発売したアジアンバイクで、
逆輸入車が日本に入ってくると同時に購入した。
2005年1月のことだ。

その数か月前、買ったばかりの原チャリで色々と足を運んでいた。
だが原チャリは、速度制限に二段階右折といった法規制が厳しい…。
一度パトカーが真後ろについたので、30km/hで法定走行したら
大渋滞を招き「もう少し早く走りなさい」と拡声器で注意を受けた。

そうだ125ccの原付二種に乗ろう!車検ない保険安い税金安い!
と思いつき、教習所に足繁く通う日々となった。

ある日、教習所からの帰り、街灯のない真っ暗な交差点。
側面から車に突っ込まれた。右直事故だ。
自分の後ろにバスがいたため、ライトで蒸発現象していたのだ。
だるま落としよろしく、自分は座った体制のまま前に吹っ飛び
スクーターはエンジンがもげてそのまま廃車となった。
身体は幸いにも軽傷で済んだが、事故処理は面倒臭さを極めた。

被害者の自分には25万円の損害賠償と慰謝料が入り
教習所もめでたく卒業。中型二輪免許が手に入った。

そのタイミングで発売されたのがYBR125だった。

このバイク、12年間で1万キロも走っていない。
学生最後の数か月を共に過ごしてから、実家にずっと放置していた。
たまに動かすつもりだったがなかなか帰れず
帰っても、整備や動かす時間が取れず
登録した千葉市の緑区から、毎年納税通知書が来るたび
あぁ今年も乗らなかった、など考えながらコンビニで支払っていた。
※原付二種なので2000円くらいだけど…

バイクや自動車は、一度買えば放置しても大丈夫な耐久品ではない。
動かさなければ故障し、整備しないと機能を失ってしまう。
このバイクを動かせる人は実家におらず、当然動かなくなったが
両親は少しでもきれいにしておこうと、カバーを時々交換してくれていた。

負のサイクルも、これで終了だ。
バイク王を呼んで引き取ってもらうことにしたら
状態がアレなので処分量を取られる羽目になった。
巡回している廃品回収に無料回収してもらっても良かったが
バイク屋に処理してもらうのが、バイクへの最後の労いだと思った。

バイク王の兄ちゃんが「最後くらい、愛車と写真残しませんか」と言う。
自動車ディーラーの営業は自動車が大好きかというとそうでもないが
バイク屋の店員は、バイクが好きな人が多い。
せっかくなので、バイクと共にいる最後の写真を撮ってもらった。
最後に雑巾で拭いてやったからか、写真のYBR125は新品に見えた。

トラックに乗せられて去っていく姿はまさにドナドナであった。

実は5年ほど前、バイク熱が再燃したことがあって、
バイク屋に修理と整備を頼んで生き返らせたことがある。
バッテリーの交換もして、4,5万円くらいかかったが
やっと生き返ったYBR125を二度と死なせるか!と
あれ程まで抱いた想いは、数か月で失われた。
大事なものは自分の近くにおいておかないと失われる。

レンタルバイクでNinja250に浮気したときは
あまりの乗り心地に中古を買っちゃおうかと思ってしまった。
悩みに悩んだが、普段使いの自動車を持ってしまった今、
きっと乗らないでYBR125のようになると考えて、やめた。

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